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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(ネ)49号 判決

控訴人 高原一郎

被控訴人 国

代理人 岸本隆男 高崎武義 木沢慎司 西川勘次郎 ほか六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  控訴人が郵政省北陸郵政局福井郵便局の臨時雇として採用され、昭和四六年一一月六日から昭和四七年七月一日までの間、同郵便局集配課および郵便課において、郵便物の集配等の作業に従事したことは当事者に争いがない。

二  控訴人はまず、公務員の勤務関係が一般に私法上の雇用契約関係であり、従つて前記臨時雇としての採用も私法上の雇用契約の締結にほかならないとの前提のもとに、控訴人が被控訴人に対し現在なお雇用契約上の地位を有することを主張する。

しかしながら、公務員の勤務関係は、現業国家公務員のそれをも含めて、公法上の権利義務の関係であつて私法上の契約関係ではないと解され、殊にその開始および終了は任免に関する事項として法規による厳格な規制を受けるものであるから、非常勤職員である臨時雇への任用を私法上の雇用契約の締結とみることはできない。

従つて、任用即ち雇用であるとの前提のもとに雇用関係の存続をいう控訴人の右主張は、その余の点につき検討するまでもなく理由がない。

なお、郵政省非常勤職員としての臨時雇の公法上の地位、郵便事業に従事する現業国家公務員の勤務関係の法的性質に関する当裁判所の判断は、原審裁判所のそれと同一であるから原判決理由説示中の当該部分(原判決理由一項2、二項1、2、)を引用する。

三  控訴人はまた、福井郵便局における臨時雇の任免手続は極めて杜撰でありかつ形骸化していてとうてい任用行為があつたとみることができないから、控訴人の勤務は任用と関係なく継続していたとみるべきであり、従つてそこには私法上の雇用契約関係が成立していたとみざるを得ないとも主張する。

しかしながら、原審証人野口崎三郎の証言によれば、同人は福井郵便局集配課課長代理として、控訴人に対し、臨時雇ならば採用が可能であること、臨時雇は日々雇い入れであること、予定雇用期間は二ヶ月を限度とすること、その他勤務内容、勤務時間、給与等について予め説明をしたことが疎明され、<証拠略>によれば、福井郵便局集配課および郵便課の各辞令簿には、昭和四六年一一月六日を最初として数回にわたり、控訴人を臨時雇として任命する旨、またはこれを免ずる旨の辞令が記載されており、それぞれに控訴人の請印が押捺されていること、右請印は控訴人の意思に基いて押捺されたものであることが疎明される。原審および当審における控訴本人尋問の結果ならびに疎甲第一号証の一および第一〇号証記載の控訴人の供述中右疎明に反する部分はにわかに措信できず、他に右疎明を覆えすに足りる資料はない。

右疎明事実と前記争いのない事実および<証拠略>によれば、控訴人は辞令簿上の各任命日に、国家公務員法付則一三条、人事院規則八―一四、同一五―四、郵政省非常勤職員任用規程一条、二条六号に根拠を有する臨時雇に任期一日として任用され、各解免の日までの間、人事院規則八―一二、七四条二項により日々任用を更新されることにより、昭和四六年一一月六日から昭和四七年七月一日までの間断続的に右臨時雇として勤務したものとみることができる。任命および解免の日付等の詳細の疎明は、原判決理由説示四項1、(1)(2)と同一であるからこれを引用する。

右辞令簿の作成が全くの形式にすぎない旨の控訴人の主張は採用できないし、また、右辞令簿の記載に多少の不備があつたとしても、そのことによつて任用行為が存在しないことになるとも解せないから、控訴人が任用行為なくして事実上勤務したとの見地からする私法上の雇用契約関係成立の主張もまた理由がない。

四  以上により、本件仮処分申請のうち、労働契約上の権利を有する地位を仮に定めることを求める部分および右地位に基き賃金の支払を求める部分については、被保全権利の点で疎明がないことに帰するが、金員の仮払いを求める部分については、予備的に、本件臨時雇たる地位が公法上のものであるとしても控訴人はなおその地位を失つていないとの見地から、これを保全するため給与の仮払いを求める趣旨の申請をも含むと解し得るので、以下そのようなものとして控訴人の各主張を検討する。

五  控訴人の臨時雇としての任期は一日であること、但し一度任用されると事実上勤務を継続することにより解免手続がとられるまで人事院規則八―一二、七四条二項に基く任用の更新が生じていたこと、最後の解免が昭和四七年七月一日であることは前記のとおりであり、右解免については同年六月二九日にその予告があり、同年七月二日以降就労が拒否されたことは当事者間に争いがないから、控訴人は同年七月一日の経過とともに当然退職となり臨時雇としての地位を失つたものであるといわなければならない。

六  控訴人は、当然退職とはならないことにつき種々主張するので以下順次判断する。

1  控訴人は、現業国家公務員である控訴人には労働基準法二〇条、二一条の適用があるから、任期満了による当然退職論はそのままの形では適用されないと主張する。

しかしながら、公務員の場合の日々雇い入れはその更新が継続してもあくまで任期一日の任用が更新されるのであつて、期間の定めのない任用に転化することはないと解されること、公務員の任用行為は一種の行政処分であると解されるところ任命権者の意思に反して任用の更新が擬制されると解するのは相当でないことにてらし、仮に控訴人の勤務関係が労働基準法二一条但書一号に該当するとしても、同法二〇条適用の効果は解免予告手当の支給を求め得ることに止り、傭止めの意思表示が右手当の支給を伴わなかつたからといつて任用更新の効果が生ずると解すべきではない。従つて、控訴人の右主張は採用できない。

労働基準法の全面適用を前提とした控訴人のその余の主張も、同様の見地からいずれも採用できない。

2  控訴人は、当然退職論は雇用継続に対する控訴人の期待権を奪うものであつて許されないと主張する。

しかしながら、仮に控訴人が臨時雇の常勤化現象として主張するような事情が存したとしても、そのことによつて控訴人が抱いた地位継続に対する期待は未だ事実上のものに止り、法的保護に価するものとは認め難く、これを失わせたことが著しく正義に反するともいい難い。

3  控訴人は、私企業の臨時雇において労働者が更新につき期待権を持つに至つた場合、使用者が期間満了による雇用関係の消滅を主張することは信義則上許されないとの法理が確立している旨主張するが、私的雇用関係において形成された理論が公務員の勤務関係にそのままあてはまるものではなく、公務員の勤務関係の公益的性格による制限を受けることは避けられないから、右主張も採用できない。

4  控訴人は、非常勤職員たる臨時雇も生存権、労働基本権を有するものであり、これらが保障されるべきことを主張するが、生存権および労働基本権保障の要請が直ちに前記当然退職論の否定に結びつくものとは解し難く、右主張も採用できない。

5  その他控訴人は、その主張する諸事情にてらし、当然退職論を理由に控訴人の救済を拒むことは正義の観念に合致しないと主張する。

しかしながら、控訴人主張事実のうち本件傭止めが専ら控訴人の思想、信条を理由とする差別的取扱いとしてなされたものであるという点については、右主張に添う当審証人森永慶治の証言、原審および当審における控訴本人尋問の結果、<証拠略>はにわかに措信できず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はなく、控訴人主張のその他の事情をもつてしては未だ本件につき傭止めによる当然退職の法理を適用したことが正義に反するとは解し得ず、他にそのような判断を相当とする事情も認められない。

七  控訴人はまた、控訴人の任用に際して付された期限は人事院規則八―一二、一五条の二に違反して無効であるから、結局控訴人は期限の定めなく任用されたものである旨主張するが、右規定は常勤の職員についての規定であるところ、控訴人の任用はあくまでも非常勤職員としてなされたものであるから、これについて右規定違反をいう控訴人の右主張は失当である。

八  以上検討したところにより、控訴人は任期満了により当然退職したものというほかなく、地位の継続を前提とする本件仮処分申請はいずれも理由がなく却下されるべきものである。

九  よつて、申請の一部につき先になされた仮処分決定を取消したうえ、本件各仮処分申請を却下した原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒木美朝 富川秀秋 清水信之)

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